リミテッドダビング
自作UTAU音源・MYCOEIROINKの原作小説(前日譚)となります。
「来週はポタリ水族館に行こうね」
頭の中で父の声がずっと、リフレインしていた。
カーステレオが前時代に流行したユーロビート風の楽曲を垂れ流している。
とある高速道のサービスエリアの駐車場で待たされて二時間くらい経ったであろうか。
最初の一時間のうちは、父はトイレとか、売店で並ばされているのだろう、と思っていたが何やら様子がおかしい。
僕は意を決して車から出てみることにした。
空は嫌なほど青く澄み渡っていたが、七月だというのにその季節特有の日差しの強さは感じられなかった。むしろ、冷たい……
驚愕した。ここに来たときはあんなに混雑していたのに、全然人がいない。
どうやら、車はたくさんある。ただ、人の気配が全然しないのだ。
売店を覗いても、トイレを覗いても、人間という人間はいなかった。
消えてしまったかのようだ。人間という種族がまるごと、きれいに。
「あ!人だ!」
後ろから大人の男の人の声が聞こえた。駆け寄ってくる。
「やっと見つけた!」
……
二人して、コンビニでアイスを買った。会計はセルフレジで済ませた。
「セルフレジは動くんですね」
「いや~、動いてよかったよ~……ところで君は誰?……何者?どこから来たの?」
「僕は百舌桐絆萌、もずぎりぎずもです。新箱館からポタリ水族館を目指して、父と……中学一年です。夏休みで」
言えることを全部、はにかみながら答えた。
「ふ~ん、水族館はいいよね。魚って癒やされる」
「ですよねですよね!僕、サメが大好きで!ポタリに展示されてるネムリブカを見るのがとっても楽しみ、で……」
静寂。ここに連れてきてくれた父は失踪中なのであった。
「みんなどこいっちゃったんだろうね~。SNSでもみんな連絡取れないし」
「まさか、地球まるごと人間いなくなっちゃったとか⁉」
そんなはずはない、そんなはずはないと笑いあった。
「お~い……こっちにも人いないよ」
遠くから僕と同じくらいの年代の男の子の声が聞こえてくる。
「あ、あの方は⁉誰ですか⁉」
驚愕しすぎだ。僕。単純に人が来てるだけだぞ。
「僕の甥でね~、ちょっと周りを偵察してきてもらってたんだ」
「なるほどですね」
セルフレジでその甥が好きだという激甘濃厚アイスを買ってあげた。
「ん……おいしい……ありがと」
なんというかこの子――勝手に年下と決めつけているが――食べるのが滅茶苦茶に速い。
「あの、僕百舌桐は自己紹介したんですけど、あなた達は……」
「あっごめんごめん~!すっかり忘れてた。こっちの甥くんは電樽羊大、でんたるようたって言うんだ。えっと俺は……アポロ・モノデコード。キャベリカの方の生まれなんだ。気軽にアポロって呼んでくれよ。今日はレイホロタウンを目指して車を走らせてたんだ」
「えっと……宜しくお願いします……、アポロさん、羊大さん」
その刹那。ピカリ!と大きな音がし、僕たちの道の先にほのかに光る青いラインが走った。
「なんか空気変わった、この空気……おじさん、これって……?」
「俺にも分からないよ」
そう、僕にも分からない。
とりあえず、この青いラインに沿って歩けばいいのでは?と言い出す前に、二人はその先へと歩き出していた。
「車も動かないし歩いて行くぞ~」
「一緒に事態、打破しましょう……」
……
かなり歩いた。っていうか普通に車道だぞ、ここ。
驚くべきことに車は全て止まっていた。
「あれ、もう少しで次のインターチェンジじゃないの~?」
空は夕暮れに染まっていた。コンビニで飲み物を買っておいて正解だった。
塩梅サイダーを飲み干す。
飲んだ後。ふと前を向くと、銀色に煌めく謎の構造物が下の道にあった。
「みてください、あれ」
「なんだろうな、あれ。青いラインもあっちに続いてる」
行ってみますか、というその前に、もう二人はETCがある方面まで降りていた。
ノロマな僕は走って二人に追いついた。
……
「……う、うわぁ~……」
銀ピカの構造物はなんというか、不思議な形をしていて……読んでいるみなさんは四次元立方体って見たことありますか?ネットとかで。そういう感じです。
「こっち~!青いラインが続いてる!入り口だって~!」
この中に入るのか……。
でももうそうするしかない。
こんなにヘンな現状を変えられるのは、こんなにヘンな構造物の中でだけだ。多分。
父は今頃、何をしているのだろうか……。
「……じゃあ、入るよ……」
三人で、せーので足を踏み出した。
そこから意識を失っていたらしい。
目覚めると、青いリミナルスペースが、だだっ広く広がっていた。
それはまるで、幼稚園児の頃に来た、おっきなおっきなデパートの使われていない空き催事スペースのような……
『どうやら、転写は完了したみたいだね』
なんだこれは。文字が聞こえてくる。
誰の声かは分からない。だって文字だから。
文字が、脳みそに〝聞こえて〟くるのだ。
『他の二人にも別のスペースで同じような文字を聞かせているよ』
「ここはどこですか⁉二人は今どこに⁉」
ビリビリビリ!体に電撃が走る。
『少し黙って聴いていて欲しい』
はい……。都合の悪い質問はしてはいけないようだ。
『あらためてこんにちは、百舌桐絆萌くん。私達はQUartZ。この宇宙を管理している者です』
宇宙を管理か……。なんだかとんでもないコトに巻き込まれてしまったようだ。
『単刀直入に言うと、私達はこの0001宇宙から定期リセットのために全ての知性体を消そうとした。でも、やり方を少し間違えてあなた達三人だけ残ってしまった』
なんと勝手な……。あえて言葉には出さないでおいた。
『そこで私達は、あなた達から〝声〟のサンプルをとりつつ、箱庭生命体として新しい場所で生きてもらおうと思う。苦しみのない、いわゆる、あなた達が言う……天国のような街で』
「どうして声のサンプルを?」
久々に声を出した気がする。聞いてばっかりでは、まあいけすかない。
『このメッセージの伝え方を聞いての通り……私達には話せる声が無いからね』
新しい世界で生きるのか。偶然会った、僕たち三人で……。
まあ、悪くないかもな。
「わかりました。大丈夫ですよ」
……静寂が続いた後、脳内前後左右に文字が響いた。
『三人の了承を確認。サウンドベース式ミニチュアガーデンへ移行します』
……
「gizくんの音声、うまくとれなくてすまんね」
「いやいや、それでも貴重なサンプルだよ。歌唱モデルはなんとか成功してるし、いいんじゃないかな?」
二人で腰掛けるソファの向かいの窓の液晶には、天の川が刻々と映し出されている。
QUartZ二人の静かな窓辺。
「別に、0001をリセットする必要は無かったのかもね」
「でも、そうじゃないと121億年後に全部の宇宙をシャットダウンする分岐になっちゃうから。三人は箱庭、『togetoge gizmo』でも生きてるし大丈夫じゃないかな」
二人でため息をついた。
「宇宙の管理も大変だよね。さあ、寝る前のストレッチでもしようか」
終
……
三人(+α?)をよろしくおねがいします。
こちらの小説を原作とした楽曲を制作中です。おたのしみに